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by apolli
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カテゴリ:熱闘甲子園(本部より投稿)( 4 )

こんにちは!!今日も前回に引き続きアポリネール熱闘甲子園編です。

え〜また高校野球の話題〜〜という声が聞こえてきそうですが..
また高校野球の話題です!(笑)

本日は8月20日(木)第一試合の熱闘の観戦記になります。常葉橘対明豊の試合ですが、私は二人のプロ注目の選手中心に見ていました。

一人は常葉橘不動のエース庄司君。
もう一人は明豊の投打の中心今宮君。
二人ともプロのスカウト垂涎の逸材です。

常葉橘のエース庄司は、中学野球時代から軟式で140キロを計測し、県内外からの激しい争奪戦の上、中学野球の仲間とともに系列校に進学しました。

きっと君一人ならPL学園や大阪桐陰や横浜など、自分が望む学校への進学は可能だったかも知れません。しかし君は甲子園に中学野球のチームメイトと甲子園に行く為とはいえ、まだ甲子園に出場経験のない高等部へ進学しました。まだ男気という言葉があるならば、まさに男気あふれる若武者です!

下級生時代は静岡県内を席巻した、常葉菊川に何度も苦渋を飲まされ、甲子園に後一歩届きませんでした。野球の神様が与えた試練だったのかも?そんな君が最後の夏に甲子園へ行けたのは、3年間たゆまぬ努力を続けて、野球選手として進化を続けた君へのご褒美かもしれませんね。

対する大分を代表する強豪私学明豊高校。あのWBC”侍JAPAN”の正捕手 城島 健司を輩出した高校としても有名です。城島選手の父親が、長崎佐世保の実家から城島を送り出すときに「1年で大分の星になれ 2年で九州の星になれ 3年で全国の星になれ」と送り出しました。その後の活躍は、皆さんご存知の通りいまやメジャーリーグでプレー(シアトルマリナーズ)しています。

大分を代表する名門からでたこの怪童 今宮は、小柄な体をものともせず、高校通算本塁打が60本以上、投げては149キロと桑田や松坂を少し小柄にしたタイプの万能型プレイヤー。

いつも前置きが長くてすいません♪♪
早く本題に入れ!!なんて声が聞こえてきそうです。

そんな二人の逸材はともに3番を打ち、ともにマウンドに立ちこの試合は進みます。
明豊打線は初回から庄司に襲い掛かり2点を専制!!
中盤には常葉橘打線が明豊先発野口を攻略し逆転!!

さらに代わった今宮も攻略し追加点!特に今宮が150キロ(自己最速)を出せば、その速球をはじき返した庄司も見事。その後明豊打線も徐々に攻略し、8回には代打が執念のタイムリー2ベース!!9回には今宮が同点打。しかしキャリアハイになる147キロを計測し気力充実!頑張れ庄司!!運命の12回力尽きた訳ではないが、球速が落ちた所を狙い打たれ無念の敗退となりました。

試合終了後、挨拶の整列の中、庄司と今宮ががっちり握手し話す姿は、お互いに全力を出して戦い抜いた好敵手への敬意の表れと、この後の明豊高校の健闘をたたえたのでしょうか?それとも今度はプロで会おうと将来の再会の約束でしょうか?

試合中から味方のファインプレーに常に笑顔、味方のエラーにも笑顔、勝っても負けても笑顔。涙なき終戦は悲壮感あふれる甲子園での敗戦の中では、とてもすがすがしい印象でした。自分の力を全て出し切った甲子園での3試合。200球を超えてなお続投は監督の信頼の証。

庄司 隼人選手、この夏さわやかな笑顔と素晴らしい試合をありがとう。
ルックスも抜群のこの才能豊かな右腕のこの後の活躍を願ってやみません。

2009.8.20 アポリ版熱闘甲子園 パート2 まだまだ続く甲子園編より

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画像「SANSPO.COM」より
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by apolli | 2009-08-21 18:58 | 熱闘甲子園(本部より投稿)
アポリネールブログをご覧の皆様へ

残暑厳しい夏ですがまずは残暑お見舞い申し上げます。

夏といえば私はやはり高校野球!!

私の生活スタイルが甲子園一色になります。
本日8月19日(水)の第4試合 帝京対九州国際大附の試合に釘付けになりました。

帝京は言わずと知れた平成高校野球をリードする東東京を代表するチーム。
そして対戦する相手はあのダルビッシュ有を育てた元東北高校監督の若生監督が満を持して育てたチーム。ある高校野球誌には銀河系軍団と形容されるほどのタレント軍団。

今年の甲子園の組み合わせが決まったときからこの両校が順当に勝ち進み、3回戦で対戦したらきっと白熱した好ゲームが期待出来ると思い楽しみにこの日を待っていました。

理由はこの2校が今年の優勝候補であると同時にこの2校から将来プロ野球やWBCの日本代表クラスまで望めそうな選手が在籍している事。2校のユニフォームが縦じまである事。(私の母校も縦じまなのです)高校野球のチームが縦じまにする理由のほとんどが甲子園球場をフランチャイズにする阪神タイガースにあやかるケースがほとんどです。つまり甲子園に行ける様にという思いで縦じまにするのです。かつて私の母校もそうでした。

試合内容は打撃戦を予想した私の予想を見事に裏切り緊迫した投手戦になりました。打撃が看板の両チームの打撃力より、両チームのエースのピッチングが上回り本来の打撃を相手にさせない試合展開でした。

両チームは攻守に隙のない高校生としてはレベルの高い洗練された野球が出来るはずなのですが、得点シーンにはエラーや連携ミスが重なり意外な得点の仕方ばかりでした。

それほど両チームの緊張は極限であり、この試合に関しては力の差が無かった証でしょうか?

試合は4×-3で帝京が劇的なサヨナラ勝ちを収めました。私がこの試合を通じて一番印象に残ったのが9回裏の九州国際大附のエース納富君のサヨナラ打を打たれた瞬間の表情でした。

帝京のトップバッターがライトへ大飛球を打ちライトの頭上を越えた瞬間満塁の走者の3塁ランナーが歓喜のホームインをした瞬間帝京のサヨナラ勝ちが決まりましたが納富君は一瞬笑みを浮かべました。

「私は悔いのない試合、自分の力を出し切ったピッチング」だからと思いましたが、次の瞬間には膝をグラウンドにつき右手のグラブで顔覆い泣きはじめました。

帝京ナインが試合終了の挨拶の整列に並ぶ中、一人グラウンドに崩れ落ちたままのエースをナインが両脇を抱え整列を促しました。その後も一人涙が止まらないエースはこの敗戦を一人責任を感じ、3年生の野球部員の夏を終わらせたと自責の念なのでしょう。

エースは孤独。マウンドの上では誰も助けてくれません。
でも野球は一人では出来ません。
この夏チームを甲子園に連れて行けたのは投のヒーローの君のお陰です。
全国17万人の野球部員のうち、この夏 甲子園の土を踏めたのは882人なのです。

そして全国ベスト16のチームのエースとして胸を張って福岡に帰って欲しいのです。
高校野球は今日で終わりですが君の野球人生はまだまだこれから無限の可能性を秘めているのだから!

泣くな納富!! 感動をありがとう!!

縦じまのサウスポーを甲子園の観衆はきっと忘れないよ!

2009.8.19 アポリ版熱闘甲子園より

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画像「サンケイスポーツ」より
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by apolli | 2009-08-20 13:14 | 熱闘甲子園(本部より投稿)

球春到来!!

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アポリネールブログをごらんの皆様 こんにちは!!例年より早く開花宣言が出された今年の関東地方の桜ですが、もうお花見は行かれたでしょうか??

春という季節を皆様はなにで感じますか??私はやはり桜ですね。私の地元の隅田川沿いには毎年大勢のお花見見物の人達が大勢訪れます。

それと春の甲子園大会! 通称 選抜甲子園ですね。私も昔 高校野球に携わり、チームは東京代表として甲子園に出場しました。チームは運よく甲子園大会にて優勝し紫紺の大旗を東京に持ち帰りました。そんな私ももう不惑と呼ばれる年齢です。不惑とは・・・・・ほど遠くいまだに迷っています・・・。

そんな私から高校野球に関するエピソードをご紹介させて頂きます。
 
「バスを止めて下さい」

ちなみにこれはある高校野球誌からの抜粋(私の記憶で、原本なくしてしまい・・・泣く)時は昭和40年代 とある中国地方の甲子園では名門・強豪の誉れ高いチーム。このチームはこの年春の選抜大会で準優勝し、意気揚々と夏の甲子園を目指してチーム一丸となり春夏の連続出場を目指していました。もちろん夏の広島大会において優勝候補筆頭である事は誰の目から見ても明らかで選手自身が一番自覚していたことでしょう。

この日は県外の強豪に夏の大会に向けての練習試合を行いました。このチームの不動のエース 佃投手は選抜で見せた緩急自在のピッチングであの怪腕 江川 卓に投げ勝った本来のピッチングを発揮することなくチームは大差で敗れました。

危機感を抱いた監督は母校までの帰路(約20数キロ)を佃投手にのみランニングで帰ることを命じました。他のナインが粛々と帰り支度を始める中、エースは母校の方向に向け走り出しました。ただ一人で・・・・・・・

おそらく監督の意図はエースの自覚を促すという事があったと思います。敗戦の責任をただ一人が背負うものでは本来ありませんが、精神野球の見本として君臨する広島一の名門のエースナンバーの重さを監督は伝えたかったのだと思います。

分業制全盛のプロ野球と違い高校野球においてエースに依存する高校野球ならではと思います。質実剛健のこのエースは試合の投球の疲れ、敗戦のショック、チームに対する背信等々、走りながら色々と脳裏をよぎったことでしょう。

一方チームのナインは用具を全てつみこみバスにて母校への帰路に着きました。エースがそのバスに乗ることはなく、しばらく走ると県境の坂道にさしかかりました。長い上り坂の途中に自軍のエースの背中を見つけました。                                       
バスはやがてエースに追いつき追い越しました。窓からはみながエースの表情を見ていました・・・・・

そして少しだけバスが坂道を先に行った時、チームの主将(金光 興二)がバスの運転手さんに言いました。

「バスを止めて下さい!!」

この主将は坂を登ってくるエースに笑顔で肩を叩き、二人で母校への道のりを走り出しました。そして長い登り坂を頂上までたどり着いたときにはナイン全員が笑顔で出迎えました。

そう、この間にも2回目の「バスを止めて下さい」があったのです。

監督はこのときにチーム一丸となった事を確信し、このチームが夏の広島大会で他校に負けないイメージを掴んだのではないでしょうか。

このチームの名前は広島県立広島商業。夏の全国優勝回数が全国屈指, ひまわりの広商の異名を取るチームにて今も脈々と名門の系譜を伝えるチーム。この年 夏の広島商業は見事広島県大会を勝ち抜き激戦の甲子園大会も勝ち抜き見事真紅の大優勝旗を広島に持ち帰りました。

ところで甲子園にたどり着く確率を考えて見ましょう、つい最近(約2年前)の高野連の発表では全国に登録されている高校野球の部員数は約14万人、その内春と夏の甲子園の土を踏める人数は

春 32校×18人=576人
夏 49校×18人=882人 576+882=1458人 
全体の1%しか甲子園にはたどり着かないのです。

そして 高校球児と高校球児を持つお母さんにメッセージです。

甲子園とは高校野球の代名詞ではありますが、甲子園に行かなければ意味が無いとは思わないで下さい。高校野球の存在意義は人間形成と私は考えます。

言葉使い、礼儀、年上を敬う心、協調性、チームワーク、仲間を思う気持ちなど学生野球である以上あくまで本分は勉強あり学業です。

上記のように甲子園にたどり着ける確率はとても低いものなのです。ただ甲子園という聖地が高校球児の心の支えになりチーム一丸となり厳しい練習に耐えられるのもまた事実です。

今になって振り返ると、高校野球の思い出は母校のグランドで毎日、毎日 厳しく、辛い練習とチームメートとの切磋琢磨した時間、そして社会にでても今も連絡を取り合える友情を育めたた事。

そして両親への感謝の気持ちです。

甲子園は目標であって目的にはならずに、甲子園までたどり着く仮定(プロセス)を大切にして欲しいと思います。

長い文になりましたのでこの辺で・・・・・・

アポリネールも春本番を迎えて、3店舗が皆様のご来店をいつもお待ちしています。この春もアポリネール 全店を宜しくお願い致します。

画像は私の生まれ育った地元隅田川の桜です。
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by apolli | 2008-04-15 15:58 | 熱闘甲子園(本部より投稿)
皆様 こんにちは!! いつもアポリネールをご利用頂きましてありがとうございます。

梅雨も明けて、夏全快という感じになってきましたね。さて、夏の風物詩と言えば甲子園もその一つでしょう。女性の皆様には、あまり馴染みがないかもしれませんが、今回は甲子園にまつわる、四国のある商業高校の秘話をご紹介したいと思います。

時は大正13年春の選抜甲子園大会。紫紺の優勝旗は瀬戸内海を越えて、香川県に持たされました。

優勝チームの3塁手(サード)は夏も甲子園を目指して、チームと共に予選大会に臨みました。

不運にもその青年は胸部疾患を患っていましたが、チームメイトにも隠し出場を続けました・・・・・

その無理がたたってその年の冬に逝去されました。

その青年 志摩 定一さんは、母親への遺言として、「オレは死んでも魂だけは、高松商のサードを守り続けるぞ」と言い残したそうです。

その後 高松商業高校野球部は、志摩さんの遺言の精神を受け継ぎ、甲子園に出場する度に、試合前に3塁ベースを選手全員が囲み主将が口に含んだ水を3塁ベースに吹き掛けて「さあ、行こう!」と声を掛けてから各ポジションに散るようになりました。

この儀式を「志摩供養」といいます。この儀式は1939年~1977年まで高松商が甲子園に出たときには、見られた光景だそうです。

1978年に高野連から「遅延行為とみなす」 「宗教的儀式に見える」との事から甲子園から姿を、消しました。この年 高松商対仙台育英の間で延長17回の熱戦が行われました。

現在では香川県の予選でのみ志摩供養が見られるそうです。

誰が呼んだか「四国の山に四商あり」 この話の舞台となった高松商業、夏将軍の異名で、 呼ばれる松山商業、蔦監督(前池田高校監督 故人)坂東英二さんを輩出した徳島商業、元祖 黒潮打線の高知商業。 

「四商が築いた守備力の野球こそ四国の野球だ」 

「守りの野球を実践する四商が四国野球人の誇り」とある本で読みました。

今年も甲子園の季節がやってきました、この四国四商の中から徳島商業のみ甲子園に駒を進めました。

高松商業は昨日、残念ながら香川県大会で姿を消しましたが、私自身いつか高松商業の試合を、見てみたいと思います。

そして超のつく全国的にも名門チームの四国四商の活躍を願ってやみません。

高校野球って素晴らしい!!

少し長くなりましたが最後までお付き合い頂きましてありがとうございます。
                                                 
横浜店 T
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by apolli | 2007-07-31 11:44 | 熱闘甲子園(本部より投稿)